2017年6月12日月曜日

本日も韓国人的な儒教の考え方に疲れる。

韓国人の生活に染み込んだ儒教」についてわたし的感想は



親、自分より目上の人



  • 絶対的。
  • 神的存在。
  • 道理が通っていなくても、正しい人。
  • 敬う人



自分より年下の人


  • 全てにおいて自分より劣っている。
  • 自分の手足。
  • 経験も実力も知識も知恵もない未熟者。




先日あった出来事。
小学校2年生(主人の姉の子供)に
小学生の中で流行っているものや、韓国の文化、
英語の発音(幼少から英語教室に通っているのでとても発音がきれいです)など
わたしが知らないことを教えてもらいました。

小学2年生8歳に教えを請うわたし35歳、35歳に教える8歳。


この状況が年配韓国人の目には異様に映ったらしく

教えてもらっている私と教えてあげている小学校2年生(義理姉の子供)に対し


お前たちの行動は間違っている。

年下に教えを請うとは何事だ、また自分より年上の人に教えるとは何事だ!!!
と、一時間えんえんと怒られ続けました。




私、個人的な考えですが
歳を重ねていると経験も知識も年月とともに積み重ねられて、
「自分の中の集積データ」となって日々の経験に生かすことはできるでしょう。
しかし、自分より歳を重ねていないからといって
人として劣っているとは絶対に思わないです
単純に、生きてきた年数が少ないから経験などの「自分の中の蓄積データ」少ないだけ。
歳を重ねた人の方が全ての分野において「自分の中の蓄積データ」がたくさんるとは限らないと思います。

私と小学2年生の場合だと
英語や韓国文化に関して「自分の中の蓄積データ」は私より小学2年生の多いです。
日本語に関して「自分の中の蓄積データ」は小学2年生より私の方が多いです。

ただそれだけのこと。

だから、
日本に関心のある8歳と、英語と韓国について関心のある35歳が教え合っている。
ただそれだけ。


自分より目上だからといって、勝っている。
自分より目下だからといって、劣っている。



私は違うと思っています。

この考えをもとに行動するから
韓国人の親子関係、上下関係は非常にドロドロとしているのではいでしょうか。

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